IUCNアジア自然保護フォーラムの中で度々出てくる言葉は「未来を決めるのは皆さんです」という言い回しでした。これは、盛り上げるためのキャッチフレーズではなく、発言し、議題を提案し、選挙や投票などの行動を通じて、会員団体(Member)が決定するという意味で、言葉通りのものとなっています。
日本語で書いていますので、この文章を読んでいる方の多くは日本人だと思いますが、また、自然保護団体に何らか関わっていたりもするのではないでしょうか。
ご存知の自然保護団体の中で、会長や理事、専門家を務めたいと何人もの候補者が現れ、その中から皆の投票による選挙で選んでいる団体はあるでしょうか?団体の政策提言や意見書、方針について、会費を払っている会員が議題を提案し、意見書の草案を作って、投票して、全体の言葉にできるルールを整備している団体はいるでしょうか?組織を大きくしたいのか、現状維持が良いのか、どんな未来がありうるかを事務局が会員に提示し、議論をする、そういう機会を持った団体はあるでしょうか?全国団体で、北海道から東北、関東といった地域ごとに会員が参加できる仕組みを丁寧に説明しながら、全国大会を通じて自分たちが掲げる自然保護の方向性を作り出す団体はあるでしょうか?
IUCNとは上記を行っている世界最大の自然保護ネットワークです。世界でどんなことが話し合われているのか、それを国内に引き付けることでいろいろなアイディアが生まれます。これらも少しイメージしながら、アジア自然保護フォーラムでは、どんなことが話されたかをご紹介します。
1.2045ビジョンと2029プログラム
今回私たちは、今後20年間のビジョンと、四か年のプログラムを話し合いました。今までは4ヶ年のプログラムだけを話してきたのですが、ビジョンを作る必要があるとの認識(これも4年前の会員からの発議)に至り、8つの社会変革を20年間の中で実現する必要があるのではないかというビジョン(未定。2025年の世界自然保護会議で賛否を投票する予定)を協議しました。
8つの変革とは「金融・経済システム」、「気候変動への適応と緩和」、「食料生産システムと農業生態系」、「ワンヘルス」、「グリーンで公正なエネルギーへの転換」、「持続可能な都市」、「再生可能なブルーエコノミー」、「水の安全保障」を自然保護のネットワークから実現するというものです。
世界中にさまざまなアイディアや社会環境を抱えるIUCNの関係者ですので、あるべき方向性を議論し、皆がそれぞれの変革の一翼を担いながら実現することをめざし、そのためにIUCN全体として今後何を強みにして、また、どんな資金獲得をして推進していくかをこれから世界中で話し合って内容を深化させていきます。来年この方向性が合意されたときに、日本の自然保護団体が、日本における8つの変革を生み出せるように改革を促すにはどうするとよいのか、これは、私自身の大きな宿題です。
資金の考え方については、30以上の社会企業を立ち上げた実績を持つ方中心に数十名のチームで検討をしていて、資源戦略の背景にある考え方を個別にヒアリングできたのおかげで、原案がもつ資金拡大の方向性の意味がより明確化したのは大きな成果でした。
2.会員制度改革
2045ビジョンとも相まって、IUCN会員(現在世界で約1500団体)の制度はどうあるべきか、維持かあるいは拡大か、拡大する場合の戦略(IUCN会員になることの魅力をどう高めるか(value proposition)、どんなNGO等に会員になってもらいたいか)なども、Mentimeterという即時にアンケート結果を抽出する会議支援ツールを使って意見を出し合うこともしました。
会員拡大にあたっては成長モデルと、調整モデル(新規会員のニーズに合わせて関わり方や享受できる会員サービス)というモデルが提示されて、イメージをつかめたのが興味深かったです。これらの議論それぞれに理事会で作業部会が作られていることも報告されました。規約改正検討部会、会費検討部会、IUCN会員価値検討部会などです。4年近く前に自分達が選挙で選んだ理事が多くの仕事をこなしているのを知ることが出来て満足というのか、良い理事を選ぶことが出来たなという感慨深いものがあります。
3.動議プロセス
ビジョンやプログラム、会員制度等のガバナンスは、世界レベルでの検討のため大きな方向性にとどまり、曖昧さを含みます。例えば、「種の保存に関する取組みのスケールを上げる」といわれても、具体的にどんな生物種に力点を注ぐべきでしょうか?地域ごとに戦略というか重点があり、トップダウンで決めることは難しいことが予想されます。
それを解決する仕組みが、動議(Motion)という手続きになります。これは、複数の団体によって提案され、会員全体の投票で、”正式に”IUCNの方針となり、プログラムやビジョンを具体的に補強するピースとなります。サイドイベントの一つでは、アジアからはGibbon(テナガザルの仲間)の緊急的保全が必要だという声を発信しようというアイディアが話されていました。
①複数団体による期限内までの提案>②モーション作業部会での内容審査>③提案に対するオンライン協議>④オンライン協議を踏まえた最終案の公開(英・西・仏語)>⑤世界自然保護会議前のオンライン投票>⑥、②や④のプロセスの中でライブ(対面とオンラインのハイブリッド)で話さないといけないと判断された場合、世界自然保護会議期間中投票案件として提起>⑦世界自然保護会議当日での投票、という複雑で長いプロセスを必要とします。このような流れを踏まえて、IUCNという世界ネットワークの方針が一つずつ積み上げられていきます。
DemocracyのDemoとは古代ギリシア語(Demos)でポリスを構成する組織を指し、Cracyはkratia(権力を持つ)なのですが、構成員が権力を持つ=会員ということを正直日本にいるより感じることが出来るのは、IUCNに関わることで日本とは違う視野を正しく広げられるという意味で会員団体として、あるいは、日本の自然保護をリードするIUCN会員団体に説明する立場の一員として、大きなメリットの一つと思います。
なお、IUCNには、会員団体の他に「専門委員会Commission」という専門家がボランティアで関わっています。現在7つの委員会があり、専門家・科学者の立場から1~3の方向にどう沿わせていくかという検討も行われていく予定です(専門委員会については別記事で紹介予定)。
ここで紹介したものは全体概要となります。それぞれのテーマに数十ページを超す精査された文書があります。日本のIUCNメンバーにおいては、事務局が用意した仮訳やプレゼン、意見交換の機会等が設けられ、これからも話し合いを積み重ねていくことになります。
国際自然保護連合日本委員会 事務局長 道家哲平
(日本自然保護協会)