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2024年6月26日、200以上の投資家からなるグループである国連の責任投資原則(PRI)が2023年10月に立ち上げた生物多様性保全に取り組むイニシアティブ「Spring」に賛同し、森林消失や土地劣化のリスクを抱える国で活動する企業60社と協議を開始する計画を支持しました。
表1「金融と生物多様性 ー金融機関向けの取り組みの概要ー」(2024)p.4より筆者作成
このように現在、金融機関の間で生物多様性に関する機運の高まりがみられます。IPBES社会変革アセスメント(2024)によると、世界のGDPの半分に近い58兆ドルが自然に高く依存する産業によって産み出されいる中、自然の損失に寄与する補助金が最大3兆ドル毎年使われていて、一方保全のための資金はわずか1560憶ドルしかないとされています。資金の流れをネイチャーポジティブに転換するため、自然に対する企業や投資家の行動を指導・支援するために、国連から、地域共同体(EU)、民間企業、NGO等あるいはその組み合わせで様々なコミュニティ、ネットワーク、イニシアティブが増加しています。
生物多様性に係る企業活動に関する国際動向について参考になる資料として、環境省による「生物多様性に係る企業活動に関する国際動向について」(2023)、投資原則責任(PRI)による「自然への投資:イニシアティブ」が挙げられます。
本記事では、欧州委員会環境総局による「金融と生物多様性 ー金融機関向けの取り組みの概要ー」(2024)を参考にし、現在金融機関を対象としている生物多様性に関する19のイニシアティブについて概説します。
金融と生物多様性コミュニティ(F&B)
ボトムアップの強化として意図された金融と生物多様性コミュニティ(F&B)は、EUビジネス&生物多様性プラットフォームの一環として、2016年に欧州委員会によって設立されました。F&Bコミュニティは、金融セクターのメンバーが生物多様性のアジェンダを主導することを促進します。2023年現在、F&Bコミュニティは、欧州レベルでの生物多様性グローバルフレームワークの実施を支援する政策立案者との需要主導型の対話を主催しています。この対話は、生物多様性にポジティブな移行とレジリエントな金融セクターを支援する金融機関の実践的な経験に基づくものです。
生物多様性のための金融宣言(FfB)
生物多様性のための金融宣言(FfB)は2020年9月に発足しました。2023年には163の金融機関が、遅くとも2024年までに生物多様性に関する協力、企業とのエンゲージメント、影響評価、目標設定、報告を行うことを誓約しました。誓約署名者は、5つの専門作業部会を通じて生物多様性に関する知識の共有と共同行動を促進するプラットフォームであるFfB財団に参加する機会があります。
責任投資原則(PRI)
国連が支援する責任投資原則(PRI)は、持続可能なグローバル金融システムを実現するため、責任投資に取り組む5000以上の機関投資家のネットワークです。PRIの署名者は、長期的な投資決定プロセスにESG要素を組み込んでいます。自然は、PRI活動において優先的に取り組むべきESG課題のひとつです。
国連環境計画金融イニシアティブ (UNEP FI)
国連環境計画金融イニシアティブ (UNEP FI)は、銀行、保険会社、投資家の大規模なネットワークを結集し、より持続可能な世界経済を実現するために、金融システム全体の行動を促進します。UNEP FIの自然テーマ部門は、金融の意思決定への自然の統合を推進し、昆明モントリオール生物多様性枠組みに沿って、金融機関が自然にポジティブな経済への軸足を移す上で重要な役割を担うことを支援しています。
自然関連財務情報開示タスクフォース (TNFD)
自然関連財務情報開示タスクフォース (TNFD)は、企業や金融機関が戦略的意思決定に自然を取り入れることを支援するための、世界的な市場主導の、科学に基づく、政府支援のイニシアティブです。TNFDの共同議長が率いるタスクフォースは、世界180カ国以上で事業やバリューチェーンを展開し、20兆ドル以上の運用資産を持つ企業や金融機関の40人の上級幹部で構成されています。
ネイチャーファイナンス(旧F4B)
ネイチャーファイナンスは、国際的な非営利団体で、世界の金融を衡平で自然にポジティブな結果に結びつけることに取り組んでいます。その活動分野は、ソブリン債市場から初期段階の投資家のエコシステム、自然クレジット市場、リスク関連指標、フードシステム、自然犯罪に対処するための自然関連負債の強化に及んでいます。
科学に基づく目標ネットワーク(SBTN)
80以上のNGOと知識パートナーからなる連合体である科学に基づく目標ネットワーク(SBTN)は、企業や都市が科学的根拠に基づく自然保護目標を設定するための手法やツールを開発しています。SBTを設定することで、適切な場所での適切な行動に焦点を当て、バリューチェーン全体への影響に対処することができます。淡水と土地に関する最初の科学的根拠に基づく目標設定手法は2023年に開始され、17の多国籍企業によって試験的に実施されています。
アライン(Align)
アライン(Align)プロジェクトは、生物多様性の測定と評価に関する基準の勧告を策定し、企業の報告と情報開示を支援する欧州委員会の取り組みを支援します。これは、ビジネス主導の整合プロセスと、ビジネスや金融の代表者、その他の技術専門家からなる幅広いコミュニティとの関わりを通じて行われます。現在、アライン・コミュニティには600人以上のメンバーが参加しています。
金融向け生物多様性会計パートナーシップ(PBAF)
金融向け生物多様性会計パートナーシップ(PBAF)は、金融機関により発足し、運営されています。議論、経験の交換、実践的な事例研究を通じて、パートナーは、金融部門における生物多様性の影響と依存性の評価の基礎となるガイダンスと世界的に調和された原則、すなわち「PBAF基準」の策定に協力しています。
表1「金融と生物多様性 ー金融機関向けの取り組みの概要ー」(2024)p.4より筆者作成
エンコア(ENCORE)
エンコア(ENCORE)は、森林破壊のない世界経済の実現を目指す英シンクタンクのGlobal Canopy、国連環境計画金融イニシアティブ (UNEP FI)、世界自然保全モニタリングセンター(UNEP-WCMC)によって開発されたウェブベースのツールで、経済が自然にどのように依存し、どのような影響を与えているかを示します。その結果は、銀行、投資、保険ポートフォリオにおけるリスクと機会の重要性評価に適用することができます。また、ENCOREは生物多様性モジュールを通じて、金融機関が農業や鉱業部門における自然に対する世界的目標との整合性を探ることも可能です。EUが出資するプロジェクトを通じて、自然資本への依存と影響に関するENCOREの知識ベースは2024年に更新される予定です。
生物多様性フットプリントコンソーシアム(CBF)
2022年下半期以降、アクサ・インベストメント・マネージャーズ、BNPパリバ・アセットマネジメント、ミローバ等で構成される投資家コンソーシアムが、生物多様性フットプリント・コンソーシアム(CBF)の開発を主導しています。このイニシアティブは、投資家のポートフォリオの生物多様性への影響を評価するための共通の方法論とデータベースを開発することを目的としています。これには、企業セクターの特殊性に適合した製品ライフサイクル分析に基づく影響測定アプローチが含まれます。
自然保護民間投資連合(CPIC)
自然保護民間投資連合(CPIC)は、自然保護へのリターンを求める民間投資の実質的な増加を支援する条件を可能にすることに焦点を当てた、世界的なマルチステークホルダー・イニシアティブです。コーネル大学、金融機関のクレディ・スイス、IUCN、国際環境NGOのザ・ネイチャー・コンサーバンシーによって設立されたCPICは、2016年に他の30団体とともに発足し、その後100以上のメンバーにまで成長しています。
生物多様性金融イニシアティブ (BIOFIN)
国連開発計画(UNDP)による生物多様性金融イニシアティブ(BIOFIN)は、46カ国がエビデンスに基づく生物多様性ファイナンス計画を策定し、実施することを支援しています。選択された生物多様性ファイナンス解決策の実施により、各国はセクター予算のグリーン化によるニーズの削減、資源の増加、利用可能な資源をより効果的に利用できる分野の特定が可能になります。
ケンブリッジ大学サステナビリティ・リーダーシップ研究所(CISL)
ケンブリッジ大学サステナビリティ・リーダーシップ研究所(CISL)の持続可能な金融センターは、銀行環境イニシアティブ、保険業界向けのClimateWise、投資リーダーズグループを擁し、金融機関がより持続可能な経済構築において主導的な役割を果たせるよう支援しています。CISLは、産業界との協力、研究、教育のユニークな組み合わせを通じて、自然に配慮した経済への移行に向けた実行可能な道筋を作り出しています。また、CISLは自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)およびアフリカ自然資本連合(ANCA)の公式専門知識パートナーです。
自然保護金融アライアンス(CFA)
自然保護金融アライアンス(CFA)は、自然保護ファイナンスの専門家、実務家、組織からなる主要な専門家連合です。CFAの使命は、保全金融に関する認識、専門知識、イノベーションを世界的に促進することです。
ネイチャーアクション100(NA100)
ネイチャーアクション100(NA100)は、自然と生物多様性の損失を逆転させるために、企業の野心と行動を促進することに焦点を当てた世界的な投資家参加イニシアティブです。このイニシアティブは、2030年までに自然と生物多様性の損失を逆転させる上で体系的に重要であると考えられる主要セクターの企業を巻き込んでいます。土地利用と気候ワーキンググループ(Ceres)と気候変動に関する機関投資家グループ(IIGCC)は、事務局と企業参画作業部会を、生物多様性のためのファイナンス財団(FfB財団)と英金融シンクタンクNGOのプラネット・トラッカーはテクニカル・アドバイザリー・グループを共同で主導しています。
B4B+Club (Business for Positive Biodiversity Club )
B4B+Clubは、(1)生物多様性フットプリント評価ツールが、企業の意思決定、投資決定、外部報告にどのように役立つかを理解し、(2)生物多様性フットプリントの削減に関する金融、規制、市場の動向を予測し、(3)そのツールであるグローバル生物多様性スコア(GBS)を企業の制約やニーズに確実に適応させ、ケーススタディを通じてその実施を可能にするために、50を超える関係者を集めています。
土地利用と気候ワーキンググループ(Ceres)
土地利用と気候ワーキンググループ(Ceres)は、Ceres投資家ネットワークの一部であり、気候変動と土地利用の問題に関する投資家の調整と協力の中心的役割を果たしています。同作業部会は4つの主要分野で構成され、そのうちの1つは生物多様性で、世界の気温上昇を1.5度以下に抑え、森林やその他の重要な自然生態系を保護、改善、回復することを目標としています。また、この作業部会は、投資リスクと投資機会、および投資方針、戦略、関与の実践にそれらのリスクを統合するためのベストプラクティスを共有しています。
気候のための資本(C4C)
気候のための資本(C4C)は、気候・自然ベースのソリューション投資プラットフォーム(デジタル・インテリジェンス&投資コミュニティ)であり、投資家が科学的根拠に基づく気候変動の転換点に沿った気候変動機会に自信を持って投資できるようにするものです。最初のプラットフォームは、自然を基盤とした解決策(NbS)投資に焦点を当てています。自然を基盤とした解決策(NbS)が、生物多様性と公正な移行の目標を達成するとともに、温室効果ガス排出量を削減するための最も資本効率の高い緊急の気候解決策であるため、焦点が当てられています。
参考資料
- ロイター, 生物多様性保全へ投資家が60社と協議へ、国連イニシアティブ (2024年6月26日)