今回のCBD-COPでは31個の議題が用意されていましたが、私は25番目の議題である「生物多様性と気候変動」に関する議論を追っていました。今まで私は生物多様性分野のみで活動していましたが、近年生物多様性保全と気候変動対策/適応における相乗効果(シナジー)が注目されているため、生物多様性保全の議論の最前線であるCOPでこの議題について動向を追うことにしました。
COP期間中、「生物多様性と気候変動」のコンタクト・グループは各回3時間を合計4回(現地時間で11月22日、23日、25日、28日)実施されました。全4回最初から最後まで傍聴できたわけではありませんが、傍聴できた範囲内でそれぞれの主要要点と、今回初めてコンタクト・グループを傍聴した身として個人的に興味深かった内容を共有させていただければと思います。
22日
コンタクト・グループ初回では、まず参加国のそれぞれが重要視していることを簡易的に発表していました。基本的にどの国も気候変動対策/適応と生物多様性保全のシナジーの必要性は認識しており、特に気候変動適応における生態系を基盤としたアプローチ(ecosystem-based approach)や自然を基盤とした解決策(Nature-based Solutions)に関する言及をしている国は多かったです。また、発展途上国の中では資金の増加や、キャパシティビルディングの必要性を主張している国もいました。加えて、先住民族の多い国では先住民族に関する記述を希望していたり、自然豊かな国では野生生物の重要な役割を記載する必要性を訴えたりと、各国の特色が見える回となっていました。
23日
2回目からは早速合意文章の作成に向けた各段落の交渉に取り掛かり始めました。交渉は段落の一つ目の言葉から始まり、最初が「welcomes」または「takes note of」のどちらの方がいいのかから始まり、コンタクト・グループの交渉の緻密さに驚かされました。合意文章を個人的に読む際、最初の言葉がどういう言葉なのかを気にすることはなかったのですが、締約国からしたらこの言葉一つによって各国がどれくらい気候変動とのシナジーに取り組むかが左右されるため、このような交渉から各国の交渉における慎重さが垣間見れました。
他にも多くの段落では、各国の希望をブラケット(合意に至っていない文章)として付け加える形となり、文章が前回のCOPでも問題となっていた、クリスマスツリー(各国の要求を付け加えすぎてブラケットが「装飾品」になっている状態)になりつつありました。特にこの回では「Mother Earth-centric actions」という表記を追加するか否かなどが大きな論点となっていました。「Mother Earth-centric actions」は地球をただの資源や商品として捉えるのではなく、母なる地球として生態系を中心とし、権利に基づくアプローチを通じて自然と人間の持続的な共生を目指す考え方です。(Convention on Biological Diversity, Target 19)
25日
3回目は最後のコンタクト・グループの予定でしたが、1時間交渉時間を延長にも関わらず全ての議論は終わりませんでした。議論できなかった部分は全てブラケットにされ、一旦ワーキング・グループの方に戻されました。そのワーキング・グループで今後もコンタクト・グループで議論を続けるのか、それともその場のワーキング・グループ内で終わらせるのか決められます。結果、コンタクト・グループを再度開催することとなりました。
このコンタクト・グループでは主に二つの論点がありました。一つがパリ協定に関する記述を「世界平均気温の上昇を1.5°C以下に抑える」と記述するか、「パリ協定の目標」と書くかです。前者の文章は気候変動対策に非常に意欲的な文脈になる一方で気温上昇に焦点が置かれています。後者は1.5°C目標よりかは気候変動分野との横断的な連携が強調されている文脈となっており、この文脈の違いで各国の主張がぶつかり合いました。この議論はこのコンタクト・グループで合意に至ることはありませんでしたが、プレナリーを経て、最終的には一つの段落で「生物多様性の損失を防ぐにはパリ協定の目標を達成するのは非常に重要」と記載され、次の段落で「1.5°C目標を達成することは2°Cに抑えるより生物多様性への影響を抑えるのに効果的である」と記述する形で落ち着きました。
“Stressing that achieving the objectives of the United Nations Framework Convention on Climate Change and the goals of the Paris Agreement[4] is highly critical to avoid further biodiversity loss and land and ocean degradation and to achieve the 2050 vision of living in harmony with nature, and will require transformative change,
Stressing also that the achievement of the Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework is highly related to urgent and effective action on climate change in line with the objective of the United Nations Framework Convention on Climate Change and the goals of the Paris Agreement[4], and vice versa, and recognizing that keeping the temperature goals of the Paris Agreement[4] within reach reduces the risks and impacts on biodiversity, and that they would be much lower at the temperature increase of 1.5 ºC compared to 2 ºC,” – CBD/COP/16/L.24
もう一つの論点は生態系の保全に関する段落で「生態系」とではなく、「炭素密度の高い生態系 (high intensity carbon-dense ecosystem)」と記述するか否かです。この議論では発展途上国と先進国で意見が大きく分かれました。発展途上国らは保全において重要なのは炭素密度の高い生態系だけではないため、幅広く「生態系」と記したいという主張でした。一方、先進国らは気候変動の文脈で大事なのは炭素密度の高い生態系だから記述する必要がある、という主張でした。
いずれの主張も納得いきますが、実際、炭素密度の高い生態系がどこにあるのかを考えると、熱帯雨林とかになるので発展途上国に多いです。従って、「炭素密度の高い生態系」という文脈になった場合、それらを保有している発展途上国の責任が増えてしまい、先進国らからすると他人事になってしまいます。これらの議論を聞いていて、私はこのようなことを危惧して発展途上国たちは「生態系」という幅広い文脈でその段落は落ち着かせようとしているのではと思いました。真相は定かではないですが、合意文章では「生態系」となっていました。
28日
最終日は最後まで参加できなかったので、傍聴した部分のみになってしまいますが、前半は概ね細かい修正がほとんどで表現や表記の統一などの議論がされていました。大きな論点としてはジオエンジニアリング(geoengineering)があげられます。近年気候変動界隈では1.5°C目標の達成のためにカーボンニュートラルだけでなく、大気中の炭素の除去のために大気の二酸化炭素を地中に注入するカーボン・キャプチャーという技術が注目されていました。このような地球規模の工学的な改変のことをジオエンジニアリングといい、このコンタクト・グループではそれらの技術が生物多様性に悪影響の無いよう締約国は合意しました。
まとめ
計4回のコンタクト・グループで議論された内容は31日のワーキング・グループで議論され、最終的に11月1日のプレナリーで無事採択されました。最後のプレナリーが翌朝の7時までやっていたこともあり、私は実際の採択の部分を見届けることができず残念な気持ちは否めないのですが、2週間にも渡り傍聴していた議論が無事採択されたことを知り私は安堵しました。今回初めてコンタクト・グループを傍聴しましたが、各国の主張からそれぞれが抱えている問題や大事にしている価値観を垣間見ることができ、非常に興味深かったです。また、それぞれの国がぶつかり合うのを目の当たりにし、国際会議にて異なる背景を持つ国々が合意に至る大変さも痛感しました。
一般社団法人 Change Our Next Decade
豊島亮