筆者:安家叶子
先日の記事では、持続可能な狩猟とは何か、そしてそれが可能なのかを問いましたが、CPWの新しいガイドラインに委ねる形で記事は終わりました。今回の記事では、SBSTTA25終了後、私は二つの国立公園(ナイロビ国立公園、アンボセリ国立公園)に訪れ、そこで見てきた野生生物管理の取り組みや、現地の声をもとに、この問いに再び取り組んでみたいと思います。
・象牙焼却で密猟根絶を目指すケニア政府
ケニア政府は、他のアフリカ諸国に先立って、1989年にナイロビ国立公園で初めて密猟者から押収した象牙の焼却処分をしました。これは密猟根絶のため、象牙取引を今後一切認めないという意思表示のためです。当時焼却された象牙は約12トンで、時価総額4億相当に達しました[1]。
以降も、ナイロビ国立公園では密猟者からの押収した象牙やサイの角などの焼却処分が複数回行われています。例えば、2015年3月3日の国連野生生物の日に焼却が行われました。この時に焼却された象牙は、15トン(約1500個体分)に相当し、時価総額36億円相当と言われています。さらに、2016年5月には、過去最大の象牙量である105トン(8000個体分)、さらにはサイの角は1.35トン(343個体分)などが焼却されました。これらの時価総額は183億円相当だといいます。この焼却活動は、象牙取引に対する厳格な姿勢を国際的に示すものとなっています。
これらの焼却され粉々になった象牙たちが、ナイロビ国立公園内のIvory burning siteという場所で見ることができます。
・象牙焼却への地域住民の反応
この焼却された象牙等を目の前に、現地ケニア人に象牙焼却について尋ねました。一人の男性は、「賢明な決断だったように思う。今では密猟者の数は減っているし、政府は自然資源に依存することなく、テクノロジーへの投資も行いだしたことで職が増えてきたように思う」と語りました。同意するように、他の男性も大きく頷いていました。
これまでの象牙焼却は、密猟者からの象牙の違法取引を抑止するための強力なメッセージになっているようで、ケニア国内の密猟者の数の減少に寄与していると言います。同等レベルの厳格な政策を、他国へも期待したいとも述べていました。
・ゾウ個体数や政策の地域間の違い
ナイロビの象牙焼却は多くの国から評価されていますが、アフリカ各地でのゾウの保護活動は一筋縄ではいかない複雑な課題を抱えています。南部アフリカの一部の国々では、ゾウの個体数が増加し、これが人とゾウの対立を増加させています。そのため、象牙取引に関する政策も異なるアプローチが取られています。
私は以前、ジンバブエのビクトリアフォールズという地域に8ヶ月ほど野生動物の調査で滞在していました。この私の滞在経験からも、ケニアとジンバブエではゾウの生息数が大きく異なっているように思います。ナイロビ周辺ではゾウの個体数は少ないように見えましたが、ジンバブエでは自然公園やその周辺で多くの群れを毎日見てきました。
これには多くの要因が影響していると考えられます。その一つは、水資源です。ナイロビではたくさんは見られなかったゾウの個体数も、湿地などの水域が多くあるアンボセリ国立公園ではゾウの個体数を多く見ました。ジンバブエでは、水があるところには必ずゾウが現れると言われるほど、ゾウにとって水辺が重要な要素のようです。私が滞在していたビクトリアフォールズ地域は、世界3大の滝の一つビクトリアフォールズがあり、水資源はアフリカの他の地域に比べると豊富です。ゾウにとってとりわけ水資源が重要になる理由は、ゾウは気温の上昇に弱く、1日に100〜200リットルもの水を飲む必要があるためだろうと思います。しかし、気候変動の影響で地下水が枯渇し、水資源を巡って人々が掘った井戸周辺へ移動することが、軋轢増加につながると、ジンバブエの地域住民が懸念しているようです。
ジンバブエに滞在していた時に自然公園内で調査していたところ、茂みから肉の塊を持ったジンバブエ人男性が私に近づいてきて、「ゾウの肉、いらないか?美味しいぞ」と尋ねてきたことがあった。もちろん断ったが、象牙だけでなく、食用としても消費されている事実に驚いたのを今でも覚えています。
・象牙取引と国際的な対応
ゾウの個体数が増加傾向にあり、ゾウによる人身事故や畑荒らしが頻繁に起こる南部アフリカの国では、個体数調整によって得られる象牙を持続的に取引し、得られた資金を保護・保全に活かそうという提案が長年されています。例えばジンバブエは、これらの資金は保護・保全や地域社会のために役立てるとし、EU(2022年)や中国(2019年)など他国に対し密猟者から押収した象牙やゾウの個体の売却要請をこれまで行っています(EUは拒否、中国は3億円で購入)。
国際的な需要削減の必要性を訴えるケニア政府と対立しています。ケニア政府は、需要がなくならない限り、密猟者は命懸けでゾウを殺し象牙を取り、違法取引を招く可能性が高いと指摘しており、このような持続可能性を謳って行う象牙取引を避難しています。例えば2019年には、国内取引をいまだに停止していない数少ない国、日本を名指しで非難しています。
※象牙の最大消費国であった中国は、2017年末にはすでに国内取引を停止しています。
・最後に
このように、“持続可能な象牙取引”は国際的にも議論が分かれています。二つの国を比較するだけでも分かるように、持続可能な狩猟については、各国の文化や経済、地域の状況を理解した上で議論をおこない、その国に合わせた管理方法を模索する必要があります。しかし、各国で異なる政策や取り組みが他国の需要を喚起し、密猟を増加させるようなことは防がなければいけません。そういう意味でも、野生動植物種の国際取引を規制する国際条約であるワシントン条約の役割は、重要になってくるのではないかと思います。持続可能な狩猟と野生生物保護・保全を両立させるために、国際条約を通じて国際社会全体が協力し、需要と供給の両面からのアプローチを強化する必要があります。言い換えれば、ワシントン条約による規制の効力が十分に発揮されないのであれば、国・地域によって異なるアプローチ・政策は危険でしょう。
[1]https://www.jstage.jst.go.jp/article/africa1964/1990/37/1990_37_27/_pdf